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「風太郎の明治小説 ー 木田元」岩波現代文庫 私の読書遍歴 から

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「風太郎の明治小説 ー 木田元」岩波現代文庫 私の読書遍歴 から


風太郎の明治小説

だが、この手の広い意味でのミステリのなかで、私がもっとも入れこんだのは山田風太郎の明治小説であろう。私はそれほど熱心な風太郎の読者だったわけではない。大評判を呼んだ忍法帖シリーズなども、その時点ではほとんど読んでいない。それが、なんのはずみでか昭和五○(一九七五)年に彼の明治小説の第一作『警視庁草紙』を読んで、すっかりはまってしまったのだ。
「警視庁草紙』は、明治六年一〇月二八日、征韓論争に敗れて野に下り、郷里鹿児島に帰る西郷隆盛を、司法省警保寮—————明治七年一月に警視庁に昇格—————大警視川路利良が部下と共にに見送る場面にはじまり、明治一〇年二月二五日、その川路の率いる警視庁抜刀隊が西南の役に出陣していく場面で終わる。その間の三年半が一八話の連作で綴られるのであるが、その縦糸になっているのは、元江戸南町奉行の駒井相模守が元八丁堀同心の千羽兵四郎と組んでおこなう警視庁への挑戦である。
挑戦といっても真向から衝突するわけではない。元南町奉行組が草創間もない警視庁の捜査にちょっかいを出したり、愚弄したり、恫喝したりしながら暗闘を仕掛け、事件を解決してやったり、犯人の逃亡を助けたりするのである。その事件というのが岩倉具視暗殺未遂事件から井上馨の尾去沢銅山強奪事件、参議広沢真臣暗殺事件、北海道長官黒田清隆の愛妾殺害事件、江藤新平の佐賀の乱、秋月の乱、萩の乱、熊本神風連の乱、山県有朋の身代わりになって切腹した山城屋和助事件、大阪藤田組の贋札事件と、この時代の主な政治事件を網羅しているし、小は三遊亭円朝の怪談噺、榊原鍵吉の撃剣会、高橋お伝の情夫殺害事件、元大名家のお家騒動と、当時巷で噂になった事件を汲みつくしている。
そこに登場してくる人物にいたっては、本当に数えきれない。いま出した名前は除いて思いつくだけでも、河竹黙阿弥、最後の伝馬町牢奉行石出帯刀、首切り浅右衛門、日本写真術の開祖下岡蓮杖、元佐野藩の剣術師範で洋画の先駆者高橋由一、芝浦製作所の創業者
からくり儀右衛門、のちに松沢精神病院の名物患者になった芦原将軍、後年の唐人お吉、 明治の北斎とまで言われた河鍋暁斎、清水次郎長に大政、小政、天皇の侍従山岡鉄舟、警視庁剣術指南の上田馬之助、大久保利通暗殺を企てることになる四人組の加賀藩士、幕末の凶悪犯でいまは席亭をしている青木弥太郎、相馬大作の遺児である南部の秀、のちに贋札事件の犯人にされる熊坂長庵、戊辰の役でやくざ軍団からす組を組織して官軍を苦しめた元仙台藩士細谷十太夫の後身鴉仙和尚、元会津藩士でのちに陸軍少将になった佐川官兵衛、東条英機の父英教、板垣征四郎の父征徳、米内光政の父受政、小山内薫の父で軍医の健、乃木希典、のちに義和団事件で北京駐留軍の総指揮官をつとめる会津出身の柴五郎、皇女和宮、夏目金之助(漱石)に樋口奈津(一葉)と数かぎりない。
これだけ実在の人物がちりばめられると、どこまでが史実でどこからが虚構なのか見分けがつかなくなる。それこそ虚実皮膜の間を縫って話が進められるのだ。一話一話の話の仕立て方も実にうまく、こんなに面白い読み物はめったにあるものではない。この『警視庁草紙』にすっかり魅了されてしまい、以後「幻燈辻馬車』『地の果ての獄』『明治断頭台』『明治波濤歌』『エドの舞踏会』『ラスプーチンが来た』『明治十手架』『明治バベルの塔」と、風太郎の明治小説が出るたびに待ちかねるようにして読んだ。いつか調べてみたら、手持ちのこれらの本、全部初刷だったから、よほど出るのを待ちわびて買いこんだらしい。
この一〇篇の明治小説はほぼ明治の全期をカヴァーしている。史実を綿密に調べあげ詳細な年表をつくった上で、そこに虚構をからめていったものだろう。明治史の断片的な知識は山のようにもっているが、それを通して学んだことのない私は、風太郎の明治小説で明治についての一貫した概観を身につけたような気がする。
私は風太郎のこの明治小説群を読むと、ついバルザックの「人間喜劇」を連想する。バルザックは、一七八九年の大革命から一八四八年の二月革命までの半世紀あまりのフランスの社会と人間を描いた自分の主要作品を、晩年になってから一六巻(補巻一)にまとめあげ、これに「人間喜劇」という表題を付けた。バルザックもまたここで、一時期彼を〈社会の博物学者〉と評価させたほど精細に史実を調べあげ、事実を凝視した上で、ボードレールをして彼を〈偉大な幻想家〉と呼ばせたほど卓抜な虚構をそこに織りこんでいく。そして、そこでも同一人物が複数の作品に登場する〈人物再出方式〉が採られ、ジョセフ・フーシェやコランタンら警察官僚の策謀が時代を無気味に動かす。そして若者たちが革命や反革命の波にさらわれ、命を落していくのである。風太郎も、明治小説群を書くにあたって、 バルザックのこの「人間喜劇」をかなり意識していたにちがいないが、バルザック以上に面白い作品群に仕上っているなんて言ったら、贔屓の引きだおしになってしまうだろうか。
その後も暁方の就眠剤が払底すると、ついこの明治小説に手が伸び、一冊読むと次から次に読まされてしまうということを繰りかえして、三、四度は読みかえしている。いつか酒席でそんな話をしたのを友人の松山巌君が覚えていて、書評紙から自分にきた原稿依頼をこっそりこちらにまわしてきた。これは、あとから松山君から直接聞いた話だが、それに引っかかって調子に乗って書いたのがキッカケで、とうとう平成九(一九九七)年に筑摩書房から出された『山田風太郎明治小説全集』愛蔵版(文庫版も同時に出された)の全巻解説を書いてしまった。身のほど知らずと言うべきだろう。





by nprtheeconomist05 | 2026-02-16 20:52 | 学者