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「私は断固として「猫町」を支持する ー 坂崎重盛」神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他 から

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「私は断固として「猫町」を支持する ー 坂崎重盛」神保町「二階世界」巡り及ビ其ノ他 から


バブル崩壊からすでに十数年、景気はなかなか回復しないようだが、なぜか東京の再開発はズンズン進んでいる。
丸の内、汐留、あるいは六本木。
しかし、私は、そんなトレンディな町へはよほどのことがないかぎり足を向けない。
訪れるのは、浅草であり、 浅草であり、谷中であり、湯島であり、あるいはまた佃島や深川だったりする。
そして、今日も、かろうじて残る、路地や横丁を、猫のようにスルリスルリと通り抜け、散歩に疲れれば、付近の喫茶店にもぐり込んだり、居酒屋ののれんをくぐったりする。
そう、「猫のように」と言ったが、散歩に適した町には、必ず、猫がいる。
猫がのんびりとくつろいでいる町は、車の往来におびやかされない路地や横丁があり、小さな庭や植
込みがあり、また、そこに住む人の心にもゆとりのようなものが感じられる。
たとえば、谷中の「夕焼けだんだん」のあたり、あるいのたり、あるいは湯島天神下、女坂と男坂を結ぶ路地、あるいはまた根岸・柳通りの裏手の横丁・いずれもしっとりと落ちついた古い町である。
そして、道行く人も、どこの家の猫とも知れぬ彼等、彼女等を見かけると、うれしそうに近寄り、それとなく手を差し出したりしてあいさつをする。
しかし、貴族性の強い彼等や、人見知りする彼女等は、人間様からのアプローチにはほとんど無関心を装うか、あるいは「なに?この人」とでも言うかのように、つれなく避ける。
この、人と猫との、よく見なれた光景もまたなかなかよろしい。
つい先日まで、散歩中の私のバッグにはマタタビの小枝が入っていた。岩手の遠野に移り住んだ友人から送ってもらったものである。
もちろん、この秘密兵器で町中の猫君を籠絡しようという魂胆である。
猫を見つけると、そのマタタビの小枝を、地面や塀にカリカリとこすりつける。音と香りに関心を示して猫が寄ってくればしめたもの。
何度かの実験によって、このマタタビに、よく反応する猫と、あまり効果のない猫の差があることなども判明。妙に感心したり、納得したりした私なのであった。
こんな、我ながら、浮世ばなれしたイタズラができるのも、その界隈がのんびりした雰囲気の町だか
らである。猫がのんびりとリラックスしていられる町だからである。
かくして私は、断固、「猫町」を支持する。
「猫町」を散歩することを、この憂き世に生きる上でのささやかなよろこびとする。

by nprtheeconomist05 | 2026-02-15 12:11 | 評論家