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「民訴法 無断録音会話が違法収集証拠として排除された事例 ー 岡山大学教授 伊東俊明 法学教室 2025年10月号

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「民訴法 無断録音会話が違法収集証拠として排除された事例 ー 岡山大学教授 伊東俊明 法学教室 2025年10月号


大阪地裁令和5年12月7日判決

■論点
無断録音の証拠能力。
〔参照条文】民訴2条

【事案の概要】
本訴は、X₁らが、同じ運送会社に勤務する Y₁らに対し(X₁らとY₁らはトラック運転手), Y₁らの行為 (ホワイトボードへの書き込み、営業所の休憩室内でされた発言〔以下,「会話①②」〕、同じ会社の従業員への対面での発言)により、X₁らの名誉感情が傷つけられ、社会的評価をおとしめられたと主張し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。Y₁は、 会話①②は、X₁らが本件休憩室に録音機を設置し、 従業員の会話を無断録音したものであり、会話①②に係る甲6号証は、違法収集証拠にあたるとして、証拠能力を争った。なお、Y₁らは、会話①②の無断録音等により、Y₁らの名誉感情が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求める反訴を提起した。

【判旨】
〈一部認容・一部棄却〉「民事訴訟法が自由心証主義を採用し、証拠能力を制限する規定を何ら設けていないことからすれば、無断録音というだけで、原則として直ちに証拠能力が否定されることはないというべきであるが、当該証拠の収集の方法及び態様、当該証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則に反するといえる場合には、例外として、無断録音の証拠能力が否定されると解するのが相当である。 ……甲第6号証は、原告X」が本件無断録音によって取得したものである。本件無断録音は、原告X₁が自身に対する悪口を言っている者を特定して証拠を得るという、専ら自己の個人的利益を実現するにすぎない目的の下、令和3年3月頃から同年7月頃までの4 か月間で合計20回程度、1回当たり3時間程度,録音機を他の人に気付かれないように本件休憩室内に設置して、会話の有無、会話者、会話内容のいかんにかかわらずこれを録音したというものであり、長期間にわたって不特定多数の者の会話を対象として包括的網羅的に証拠を収集するという点で、対面者との特定の会話を承諾なく録音するにとどまる場合とは全く異質の行為というほかない。そして、・・・・・・本件休憩室には鍵が掛かっておらず、複数人が出入りする可能性があるとしても、・・・・・・基本的に本件会社の関係者しか出入りすることはない。・・・・・・このような本件休憩室の特徴に照らすと、本件休憩室は、・・・・・・公共の場所とは異なり、その利用者が、その場に居合わせた者を確認した上で、私事にわたる事柄に限らず、それ以外の事項についてもその場限りのものとして発言することができ、 あるいは、自由に個人的な行動に及ぶことができるという意味において、一定のプライバシー権が認められる場所ということができる。そうであるにもかかわらず、本件無断録音によって、本件休憩室を利用する従業員の休憩中の雑談や生活音、話合いの内容等が、本人が知らない間に長期間にわたって包括的網羅的に録音されていたのであるから、本件休憩室の利用者のブライバシー権は、本件無断録音により著しく侵害されたといわざるを得ず、その侵害の程度は対面者との特定の会話を承諾なく録音する場合とは比べることができないくらい深刻なものであったというべきである。
その上、本件無断録音は、企業秩序の観点から本件会社が許容するとは考え難く、建造物侵入罪に該当して刑事罰の対象となり得る行為であり、社会的に到底許容されない違法性が著しく強い行為というべきである。
この点、甲第6号証は、会話①及び②そのものであり、原告X₁の面前でこのような会話をすることは考え難いことから、会話①及び②の存在及び内容を立証する上で重要な証拠であることは否定できない。しかし、個人の権利侵害の立証のためだけに、上記のような、社会的に到底許容されない態様で不特定多数の者のプライバシー権を著しく侵害する行為により収集された証拠が証拠能力を有するとなると、個人の権利救済のための立証という名目があれば違法行為によって目的をはるかに上回る権利侵害が際限なく許容されることとなり、これが妥当でないことは、民事裁判制度の趣旨・原則に照らせば、明白である。したがって、甲第6号証を採用することは訴訟上の信義則に反し、許されない。」

【解説】
本件は、無断録音によって取得した証拠を違法収集証拠として排除することを認めた数少ない裁判例であり、その理由づけも含めて、実務的かつ理論的に意義がある(非公開の会議での発言が無断録音された電子記録媒体の証拠能力を否定した裁判例として、東京高判平成28.5.19判例集未登載がある。民事訴訟法判例百選(第6版)63事件)。違法収集証拠の証拠能力の有無の判断についての見解は、大きく人格権侵害說と信義則説とに分けることができるが、人格権の内容をどのように捉えるか、あるいは、信義則違反の考量要素に何を盛り込み、どのような優先順位で考量するかで、両見解の境界は曖昧となる。本件は、判文上は信義則説に立っているように読むことができるが、証拠としての重要性を肯定しつつ、不特定多数の者のブライバシー権侵害を優先する点では、人格権侵害説に親和的であるともいえる。もっとも、本判決が違法性を明示的に認定しているのは、刑事罰の対象となりうるXらの無断録音行為それ自体についてであり、不特定多数の者のプライバシー権侵害を違法と認定しているかは不明瞭である(X₁らの無断録音が刑事罰の対象とならない場合でも、証拠能力が否定されるかは不分明である。 なお、反訴において、X₁らの無断録音行為はY₁らのライバシー権を侵害するもので、不法行為となるとされた)。いずれにしても、何をもって「違法」と捉えるかが要点となる。今後は、本件のように、訴え提起を目的とする模索的な情報(証拠)収集行為の違法性が問題となるケースの増加が見込まれる。この問題を証拠能力の有無に収斂することが適切であるかも問われることになろう。例えば、主張過程における規制(違法収集情報の利用禁止)も視野に入れる必要があるといえよう。


by nprtheeconomist05 | 2025-11-05 09:12 | 学者